カーリングとは?
カーリング (curling) は氷上で行われるウィンタースポーツのひとつ。4人ずつ2チームで行われ、目標とする円をめがけて各チームが交互に8回ずつ石を氷上に滑らせる。石を円の中心により近づけたチームが得点を得る。これを10回繰り返し、総得点で勝敗を競う。高度な戦略が必要とされ、その理詰めの試合展開から「氷上のチェス」とも呼ばれる。
15世紀にスコットランドで発祥したとされ、当時は底の平らな川石を氷の上に滑らせていたものとされている。氷上で石を使うカーリングの元となったゲームの記録は、1541年2月にさかのぼる。場所はスコットランド、グラスゴー近郊のレンフルシャーである。「カーリング」という名称がいつ頃になって出来たのかははっきりとしないが、1630年のスコットランドの印刷物ではすでにこの名称が使われている。スコットランドでは16世紀から19世紀にかけて戸外でのカーリングが盛んに行われていたが、現在のルールは主にカナダで確立したもので、1807年に王立カーリングクラブが設立されている。1832年にはアメリカ合衆国にカーリングクラブが誕生し、19世紀の終わりまでにはスイスとスウェーデンへと広まった。1998年の長野オリンピックで初めて冬季オリンピックの正式種目として採用された。現在ではヨーロッパ全域をはじめ、日本、オーストラリア、ニュージーランド、中華人民共和国 中国、大韓民国 韓国などで行われている。
カーリングの詳細
『チーム青森』より : チーム青森(-あおもり)は、青森県カーリング協会に所属する女子カーリングチームで、2006年に行われたトリノオリンピックのカーリング日本代表チーム。
カーリングチーム「シムソンズ_(カーリング) シムソンズ」のメンバーとして2002年のソルトレークオリンピックに出場した小野寺歩・林弓枝の両名は、同シーズン後のチームの解散を経て(財団法人)青森市文化スポーツ振興公社の嘱託職員としてカーリングの指導にあたっていた。翌2002-2003年シーズンは、澤田真人香・優嗣子姉妹とチーム「RingoStars」を組み、青森代表として参加した日本カーリング選手権 日本選手権で3位になる。
03-04年シーズンを迎えるにあたり、小野寺と林は、ジュニア時代に北海道南富良野町のチーム「空知こざくら」で活躍し、高校卒業後青森県の大学に進学した目黒萌絵・寺田桜子と、カーリングチーム「フォルティウス」(ラテン語で「より強く」の意、五輪標語に由来)を結成する。そしてこのシーズンの日本選手権に優勝した。
カーリング娘の詳細
冬季オリンピックのカーリングは1924年のシャモニーオリンピック シャモニー大会と1998年の長野オリンピック 長野大会以降行われており、そのうち女子については1998年の長野オリンピック 長野大会から実施されているものである。なお、1932年のレークプラシッドオリンピック (1932年) レークプラシッド大会、1988年のカルガリーオリンピック カルガリー大会、1992年のアルベールヴィルオリンピック アルベールビル大会は公開競技として行われた。なお、1924年の大会にはIOCの公式記録には載ってませんでしたが、2006年になってようやく載せることになった。
国 !! シャモニーオリンピックにおけるカーリング競技 1924 !! 長野オリンピックにおけるカーリング競技 1998 !! ソルトレイクシティオリンピックにおけるカーリング競技 2002 !! トリノオリンピックにおけるカーリング競技 2006 !! 計
カーリング競技 (冬季オリンピック)の詳細
WikiPedia | 楽天ウェブサービス